結局、あの酷は私の家の屋根を拠点として、生活することになりましたとさ。










そのまま話が終了してしまえば良かったのだが、そうも上手くはいかない。



万事屋で完全に納得したわけじゃないまま、生活が始まってしまった。

やはり理不尽な気がしてならない、それに万事屋にいるあの二人の発言の仕方が気に入らない。

確かに彼らからすればどうでも良いことなのかもしれないが、当人達にとっては本当に一大事なのだ。

仮に私が一人暮らしをしていたのならば、まだ譲歩しよう。

しかし家族がいるとなると、やはり困る。

少しでも感づかれたらどうしてくれる。

ただでさえ察しの良い母親がいるのだ、言い訳など通用しない。

子供の頃から、彼女が私の嘘を見破れないなど有り得なかった。必ずバレてしまう。

今回のことも、少しでも疑われてしまえばおそらく逃げる術など私にはない。





(……あれ、少し論点がずれてないか?)





そう思って、少し足を止めた。

自分の思考でありながら、疑問を覚えてしまった。

もしも私が一人で生活していたなら、果たして酷との生活をあっさり許しただろうか。



(……結局、無理か)



それはそれで、おかしいだろう。

どっちにしろ、私は彼を拒否していたのか。

どこまでも彼に居場所はない、そう思うと少し同情した。

何だか奇妙な罪悪感が生まれる、そんな彼を創ってしまったのは私だ。



(屋根くらい―――別に、良かったかもしれない…)



青い空を見上げ、鞄を支えなおした。

万事屋であれほどムキにならなくても良かったのではないかと、思う。

確かに家族に感づかれるのは怖いが、屋根の上に誰かが毎日登るわけでもない。

すぐに許してあげても、それほど大問題ではなかったかもしれない。

頬を人差し指で掻きつつ、歩行を再開し、やっと見えてきた校門。

軽く息を吐いて、授業中のため静まっている校内へ足を踏み入れた。



(悪いことしたかなぁ)



そうしつつ、やはり酷のことを気にしてしまった。

























     *     *     *     *     *




















「おっせ、やっと来やがったのか…」





校舎の屋上から、下駄箱へ向かっていった女生徒を見下ろすのは一匹の酷。

呆れるような視線を浴びせたが、気付かれなければ意味がない。

鼻から息を漏らし、もたれ掛かっていたフェンスから距離を取った。



「あーぁそれにしても面倒臭ぇなぁ、あいつが動かねぇと俺も動けねぇのかよ…」



朝、わざわざ部屋の主を起こしに彼が行ったのは、そのためだ。

あのまま放っておいては、彼が全く行動することが出来ない。

普段なら――というよりも今日以外のここ一週間はちゃんと一人で起床して登校していた彼女だったが、今日は思いっきりの寝坊だった。

仕方なく窓から侵入し、爆睡中だった彼女へ声を掛ける。

思いっきり叩き起こすことも出来たのだが、あまりの寝相の悪さにその気が失せた。

まず、寝ている方向が昨夜と今朝で逆転していたものだから、そこから救いようがない。



「本っ当になんだあいつ、…どうやったらあんな体勢になんだぁ?」



心の底からの疑問だったが、その一部始終を見るというのも何かおかしい気がしてならない。

とりあえずそんなことは視界の隅に追いやって、彼は屋上から校内へ通じる扉へ向かう。

内側から開けるには鍵が必要だが、外側からは関係のない仕組みなので、あっさりと校舎の中へと侵入。

静まりかえっている廊下を見回し、笑みを浮かべた。

彼は昨日まで空の近くで漂っているだけだった、それは彼女の人物関係を確かめるため。

大体のクラスメイトの顔と他のクラスの友達は覚えきった。

それから校舎の造りと全教師の顔、とりあえずこの学校のことは大体知り尽くしてしまった。

よって、これからは別に空の傍にいなくとも特に問題はない。

自由行動を開始しても何ら支障はない。





「さぁて、何で遊んでやろうか」





何もしないで彼が空についていくだけということは、有り得ない。




















     *     *     *     *     *










彼は今、酷ではあるが【物体】に触れることが出来るようになっていた。

それは【実体化】と言われ、星夜と同じ状態になっていることを示している。

万事屋で沙羅がほんの二・三日前に、彼と空に施した。

創造主、つまり空の【体の一部】を借りることで、彼は不都合がない程度に物が触れるようになったのだ。

さらに、普段ならば酷が見えない人でも意図的に見やすくさせることが出来る。

逆に勘が良い人にはさらに気付かれやすくなるという点もあるが、あまり支障はないだろう。

これは普通の酷では出来ない技であるため、彼は遊ぶ気満々であるのだ。










     *     *     *     *     *















物の見事に授業には遅れたが、大したことではなかった。

それよりも、そ私の前に浮上したのは新たな問題。





(いるっ、この学校のどこかにあいつはいる、どこだ!?)





てっきり、どこか別の場所でうろついていると思っていたというのに。

移動が必要な授業もあるので、必然的に階から階への移動をしなくてはならなくなる。

その途中で、何度か背筋に悪寒が走った。

まだ【念】で酷を探すことに慣れていないため居場所を特定することは出来ないが、存在を感じることは出来る。

厄介なことになった、一体何をするつもりなのだろう。

昨日までは私の目に見える範囲に居たというのに、どういうことだ。



(あぁもう余計なことだけはしないでくれよ…?)

「ねぇ空、ちょっと聞いて聞いて!!」

「――――――は、ぇ?」

「隣のクラスで面白いことやろーとしてる人がいるんだけど」

「面白い、こと?」



自分の席で思考に浸っていた私を引き上げたのは、一人の友達の声。

少し興奮気味な彼女に戸惑った。一体何だろうか。



「ほら、【こっくりさん】とか【エンジェルさん】ってあったでしょ?」

「あぁ、……それ系か」

「それがまた新しいバージョンになって流行ってるんだよ、他校とかで。意外に成功する確率が高いんだって!!」

「成功って……どんな風になったら成功なんだ?」

「噂によれば、とりあえず軽く一人の意識は吹っ飛んで、酷い人は絶叫しながら窓硝子を素手で叩き割っちゃったりするらしいよ」

「えっ、先生とかが良く言ってる最近の窓硝子破壊って…あれイタズラじゃなかったのか?」

「らしいよ?他校の子から聞いたんだけど、普段なら絶対にそんなことしないような人がしちゃってるから、多分何かが憑依しちゃったみたい!!」

「嬉々として喋る話かそれ…」

「えーだって楽しそうじゃない、スリルあって!!」



一気に肩の力が抜けた、何がスリルだ。

そんなものを求めたせいで怪我をしてしまってはシャレにならない。

意識が吹っ飛んだり、窓硝子を叩き割るなんてことが成功になるなんて、どんなお遊びだ。

いや、こういう儀式的なものを遊びという枠に括ってしまうのは間違っているのかもしれない。

それに余りにも命に関わることが起き過ぎた、もうこれ以上余計なことに首を突っ込みたくはない。



「空も参加してみない?」

「丁重にお断りします」

「何でよー」

「だって私にとって何も得することないしなぁ」

「つまんないの〜」



面白いつまらない、の問題ではない。

私を誘うことを諦めたのだろう、彼女は別の女子を誘いに別の席へ向かっていった。

少しでも人数が多い方が楽しいとでも思っているのだろうか。

やりたい人だけに危害があるならば良いが、他の人にまで影響があるとなると迷惑だ。



(それに私は今、そんなことに構ってる余裕ないし…)



何より、これ以上私に負担をかけさせないでくれ。

結局、いくら集中してもあいつの居所が分からない。

念だけは感じる、それだけでも有り難いと思うべきか。

警戒だけはしておこう、何をやらかすか分かったものじゃない。

まさか、この学校の生徒に手を出すつもりだろうか。

頼むからそれだけは止めてくれ。



(――――――そういえば沙羅さんが言ってたよな…)



ふと、嫌なことを思い出した。

悪霊や怨霊と呼ばれる類のものも、酷の場合があると。



(……ああいうちょっとした儀式じみたことを――いや、【儀式】をして影響が出るってのは、酷が絡んでる可能性もあるのか)



何だか、今まで信じてこなかったものが実は現実にあり得るのかもしれないと、思ってしまう。

酷、という存在だけで、全てが変わってしまった。変わらざるを得なかった。

警戒心や注意力を常に持っていた方が良いということも、嫌と言うほど学んだ。



(少し気をつけておいた方が良いかもしれないな…)



隣のクラス、と言っただろうか。

そこには入学して意気投合した友人が一人いる。

詳しい話を聞いてみよう。















     *     *     *     *     *















「―――――――で、その似非交信術っつーか降霊術の流行を止めてくれ、ってわけだな」

「はい…どうにかなりますか?」

「当然、だが金は前払いだぞ?」



悪魔のような微笑みに、縮こまるように椅子に座っている二人の者は冷や汗を流す。

それを楽しむように見て、腕を組み直し喉で笑い、沙羅は続けた。

万事屋に依頼者がやって来たのだ、それはついさっきの出来事。

店の前で呆然と立ち尽くしていた人物二人を、店の中から沙羅が強制的に連れ込んだ。

【どうせ入ることは彼女には分かっていた】が、当人達からすればいきなりの拉致。

勿論、彼女は危害を加えるつもりもないので、その様子を察しておどおどしながらも二人は用意されていたソファに沈んだ。

さらに店の奥から出て来た星夜の態度も重なって、とりあえず彼らは抱えている問題を打ち明けた。





余りに怪しさ漂う店で、それでも他に相談が出来ないような、問題。





「全く、しょうもねぇことしか興味ねぇのか最近の餓鬼共は」

「……」

「あんたらを責めてるわけじゃねぇが、何かしらの危害が及んでも止まらないってのが気にくわねぇ」

「そりゃ無理ですよ沙羅さん、痛い目を見た当人は止めるかもしれませんが聞いただけの人は好奇心をくすぐられるだけですから」

「判断能力も低下してやがるわけだクソッタレ、屑共が」



そもそも、危険なことになる可能性を考えようと、しているのかどうか。

沙羅は頭を振って片手で額を抑えた。星夜はその様子にただ笑みを浮かべる。



「降霊術は当人がどんな気でしていたとしても、向こうは本気になるからなぁ」



そう、呼び寄されてしまった存在にとっては、呼び寄せた者達が冗談でやっていたとしても関係がない。

己の欲を満たすために、何をやらかすか分かったものではない。

もし、呼び寄せてしまった存在が酷でなければ良いが、酷を呼んでしまっては厄介。

勿論、その場の人間を支配しようと動くはず。

今回の場合、どうやらその流行は酷を呼び寄せてしまっているようだ。



「もうそろそろ、死人が出てもおかしくねぇかもなぁ?」

「!?そっ、それは困ります、どうかそれだけは――」

「学校側の責任ではないことで周りから批判されてはたまったものじゃありませんッ!!」

「教育委員会も楽じゃねぇよなぁ?餓鬼共に手ぇ焼かされてよ」



依頼者として彼らの前に座る二人は、確かにそういう組織の一員。

降霊術の対処に困っていたところ、万事屋を見つけのだ。

しかし、それは決して偶然ではない。










万事屋は、酷に関連した問題を持った存在にしか見えることがないように、結果が張られている。










だから、空は見えたのだ。

彼女が万事屋を見つけたのは、あの酷が彼女をつけ狙っていたから。

たとえ当人が酷に気が付いていないとしても、見えるようになるのだ。

一応、さらにその足が万事屋へ向かうようにする結界も張ってあるため、高い確率で依頼者は訪れる。



「安心しろ、被害状況聞いてる限りじゃぁまだそこまでは行かねぇだろ」

「しかし油断は出来ませんね、極力学校側から【煽る】ようなことはなさらないでくださいよ?」

「え?」

「どういう―」

「【そういう行為を止めなさい】だとか、そういったことを言わないでもらいたいんですよ」

「興味持つ奴が増えるだけだからな、余計に事態は悪化する」



まだ詳しいことを知らない生徒もいる、そういう人へ余計な情報を伝える必要もない。

儀式をする人口が増えることほどややこしく面倒なこともない、それだけは釘を刺しておきたかったのだ。

納得して頷いた教育委員会に満足し、沙羅は机の上に置かれている紙束へ手を伸ばした。



「とりあえず、次に被害が及びそうな高校は―――」



依頼者の持ってきた資料から、儀式による被害の出ている高校を確認。

どうやら酷は転々と移動しているようで、被害はほとんど高校が立地している順番を追っている。

拡げられた地図でそれを指で辿ってみて、行き着いたのは―――――――つい先日、彼らが行ったばかりの高校。










果てしなく顔を歪めた沙羅に、星夜は隣から地図を覗き込んだ。